事実を心を通して取り込むことで、体験となる

この記事は、「goo blog」の2025年11月18日サービス終了に伴い、掲載していた内容を引っ越ししてきました。
※goo blog「タイトル:らいおんさんからの贈り物」「プロフィール:らいおんさん」

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こんにちは。らいおんさんです。

本日も、ありがとうございます。

息子の心の豊かさに救われていると想うことがある。

一緒に散歩していたり、TVを観ているときに
息子の反応というか、息子の表情、言葉によって、
「そういう風に、見えている、思えるんだなぁ」とか
笑ったり、楽しかったり、うれしかったりする。

どちらかと言うと、
らいおんさんは、淡白に事実だけを捉えがち。

だから、息子の感情表現、心が呼び水となって、
らいおんさん自身の感情も引き出されたりしています。

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さて、本日の贈り物について

事実を心を通して取り込むことで、体験となる

あなたは、
事実をどんなふうに捉えていますか?
事実をどんな見方ををしていますか?
事実をどんなふうに受け止めていますか?

事実を思考、心、魂のどこで捉え、見、受け止めることが多いですか?

らいおんさんは、
息子の心の豊かさに救われていると想うことがあります。

一緒に散歩していたり、TVや映画を観ているときに
息子の反応というか、息子の表情、言葉によって、
「そういう風に、見えている、思えるんだなぁ」とか
笑ったり、楽しかったり、うれしかったりする。

らいおんさんは、淡白に事実だけを捉えがちなる。

だから、息子の感情表現、心が呼び水となって、
らいおんさん自身の感情も引き出されたりしています。

昨日は、何をしていましたか?

一昨日は、何をしていましたか?

どんな出来事がありましたか?

出来事に対して、自分はどう受け止めるか

出来事に対する事実を、自分はどう受け止めているか

出来事に対する事実を、自分はどう思ったのでしょうか

出来事に対する事実から、自分はどう感じたのでしょうか

出来事に対して、あれやこれやと余計に想像したり
いろいろな感情で装飾したりしていませんか

出来事の事実だけを捉えたら、
単なる出来事であまり意識や記憶に残っていかないだろう。

出来事の事実だけを捉えたら
○○をした。○○が起きた。○○が▲▲になった。と言うだけ、

出来事の事実、
事実は、事実であって、特段その事実自体に意味があるわけではない。

しかし、
○○をして、すごく楽しかった。
○○が起きて、すごく悲しかった。
○○が▲▲になって、すごくうれしかった。

と言った風に、
その事実に対して、
自分自身の感情や心がどう反応したか
自分自身の感情や心がどう受け止めたか

出来事の事実 + 想いや感情 によって、

それによって、その事実に対して、自分なりの意味づけが行われる。

そういう、
事実に対する感情や心による自分なりの意味づけによって、
事実が、意識や記憶に残りやすくなり、
経験、体験となって蓄積されていくと思う。

つまり、
事実を心を通して取り込むことで、体験となる

さらに、
事実を心がどう取り込んだかによって
同じ事実でも、違った体験になる。

嫌いだった出来事だけど、
あるきっかけ、人のおかげで好きな出来事になった。

小さい頃は、恐い体験だったけど、
成長していく中で同じ出来事でも恐くなくなった。

事実をどんな風に心を通して取り込んでいるでしょうか?

事実を心を通して取り込んで、どんな体験としているでしょうか?

事実に対する感情や心による自分なりにどんな意味づけをしているでしょうか?

らいおんさんからの贈り物でHappyになりますように!!
あなたが、バージョンアップして明日もHappyになりますように。
あなたがあなたらしく、自分にイノベーションを起こしながら
ワクワク・楽しく・Happyに成功・成幸していく人生の記録、物語にしていきますように.

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