教科書どおりが、あなたに似合うとは限らない

いきなりですが——
「教科書どおりにやったのに、なぜかしっくりこない」
そんな感覚、ありませんか。

習い事でも、資格でも、スキルでも。
書かれているどおりにやったはずなのに、なんだか自分じゃない気がする。

そのことを、鮮やかに言葉にしている人がいました。

Uruさん(@_uruboros)。
7年間ファッションを学び、ファッション業界へ進んだ方です。
3年前から、着物を着るようになりました。

着物の着こなしについて投稿した動画が、12万回再生を超えたそうです。

そのUruさんが、[オリコンニュースのインタビュー]でこう答えていました。
※オリコンニュース/FM NACK5[「着物は女物or男物の二択?『どちらかに決めなくてもいい』中性的な女性が着こなす和装、”オンリーワンの雰囲気”」(2026.8.17)]

> 「教科書通りの着方が、すべての人に同じように美しく見えるとは限りません。」

教科書どおりが、その人に似合うとは限らない。
着物の話なのに、なぜか自分のことを言われている気がしました。

 

教科書は、誰に合わせて書かれているのか

教科書、と聞くと、正解が書いてあるものだと思ってしまいます。

でも、少し考えてみると——
教科書は、誰かが書いたものです。

Uruさんは、身長や肩幅、首の長さなど身体のバランスを見ながら、衿元、衣紋の抜き方、帯の位置を、自分の体に合わせて調整しているといいます。着付けをしている時間も含めて、一つの作品を作っているような感覚がある。

教科書に書いてある「正しい着方」は、たぶん、誰かの体には正しかった。
でも、その誰かは、あなたではないかもしれません。

あなたの身長でも、あなたの肩幅でも、あなたの首の長さでもない、誰かの体に合わせて書かれた型。

それを、そのまま自分に当てはめようとするから、しっくりこないことがあるかもしれません。

 

不安は、2つあった

Uruさんは、着物を着始めたころ、着付けが間違っていたら指摘されるのではないか、という不安があったそうです。

教科書などの型に向き合うとき、不安は2つあるように思います。

ひとつは、いま書いた、間違えることへの不安。

もうひとつは、型に合わせていくうちに、自分が消えてしまうのではないか、という不安です。

2つ目のほうは、たぶん、着物に限った話じゃないと思うんです。

新しい職場のルールに合わせるとき。
初めての場でのマナーを覚えるとき。
誰かに勧められたやり方を、試してみるとき。

教科書などの型に合わせれば合わせるほど、自分が消えていく気がする。
そんな感覚、覚えがある方も多いんじゃないでしょうか。

私の場合は、読書感想文でした。

本を読むこと自体は好きだったんです。
でも、ある程度決まった書き方をしなければならず、書くのが嫌で嫌でたまらなくて、毎年、提出しませんでした。先生には何度も叱られた記憶があります。

 

知ってから、選ぶ

この不安に、Uruさんはひとつの答えを出しています。

> 「ルールを知らずに崩すのではなく、なぜその形があるのかを理解したうえで、自分に合う形を選んでいます。」

崩す、のではないんです。

なぜその形があるのかを、まず知る。
そのうえで、自分に合う形を選ぶ。

順番が、逆なんですね。

自分らしくいたいから、型を崩したり、無視する。
そうじゃなくて、型を知ったうえで、自分の体で一番きれいに見える形を探す。

> 「着物に自分を合わせるのではなく、自分の身体の上で着物が一番きれいに見える形を探すことを大切にしています。」

自分を、着物に合わせない。
着物のほうを、自分の体の上で、探す。

 

18年前に、同じことを書いていました

このUruさんの言葉を読んで、思い出したことがあります。

2008年10月14日。
今から18年前に、こんなタイトルのブログを書いていました。

いつも同じ方法が、同じ効果を上げるとは限らない。

読み返して、少し驚きました。
Uruさんの「教科書通りの着方が、すべての人に同じように美しく見えるとは限りません」と、ほとんど同じ。

「〇〇が、いつも同じように△△とは限らない。」

着物の話と、仕事の話。
書いた人も違う。
なのに、同じ形の言葉が出てきている。

たぶん、同じところでつまずいたからだと思います。

うまくいったやり方があると、人はそれを「正しいやり方」として持ち続けます。
着物の着方も、仕事の進め方も。

でも、うまくいったのは、そのときの自分と、そのときの相手と、そのときの場面が揃っていたからで。
やり方そのものが正しかったわけではない。

そこに気づいた人は、たぶん同じ言い方になるんだと思います。

 

あなたの「いつものやり方」は、いつからですか

18年前の記事には、こんな問いも並んでいました。

「あなたにとって、定番なことってありますか?
どうして、定番なのですか?」

「あなたの仕事に、ルーチンワークとかありますか?
その仕事は、本当にルーチンワークなのでしょうか?」

「あなたは、仕事で上手くいった手段や方法がありますか?
同じ手段や方法で次も上手く行くでしょうか?」

問いを読み返しながら、自分に聞いてみます。

いま自分が「いつものやり方」だと思っていること。
それは、いつからのやり方でしょうか。

なぜ、そのやり方を選んだのか。
覚えていることも、覚えていないことも、たぶんあると思います。

 

型は、サンプルでしかないことがある

教科書のように外から渡された型。
自分の中にできあがった、いつものやり方。

どちらも、サンプルや指標でしかないことがあります。

着物の着方も、仕事のルーチンワークも、誰かが作った型です。
その型は、誰かにとっての正解だった。

でも、正解として渡された瞬間に、私たちはそれを「守るべき決まりごと」にしてしまいがちです。

息子が小さい頃に、話をしている中で「答えを教えない」ように気をつけていました。

かわりに、「どうしたい?」と息子の考えや想いを聞いたり、選択肢を3つ用意して、本人に選ばせたりしてました。

選択肢は、私が用意しますが、渡すだけ、どれを選ぶかは、息子自身が決める。

いま思うと、選択肢も型だったのかもしれません。

型を知らずに崩すのは、自分らしさじゃないんです。

型を知ったからこそ、自分らしさが見えてくる。
分かってくる。

 

外に出たら、思っていたのと違った

Uruさんには、もうひとつ、印象的な話があります。

着物を着始めたころ、『ハーフであることで、人一倍見られてしまうのではないか』という不安があったそうです。

でも、実際は違ったといいます。

> 「着物を着て外に出るようになると、着物を通してたくさんの方と出会い、着付けや布について教えていただく機会も増えました。その経験を通して、『ハーフだから』と見るのではなく、一人の着物好きとして接してくださる方のほうがずっと多いことを知りました。」

想像していた「人の目」と、実際に出会った「人の目」は、違ったんですね。

型を自分のものにして、外に出てみないと、分からないことがある。
頭の中で不安を大きくしているあいだは、その先に何があるか、見えないままなんです。

型を知って、自分に合わせて選ぶ。

これは、着物だけの話じゃないと思っています。

自分の考え方にも、感じ方にも、決まった「型」があったりする。
それを、崩すのでも、そのまま守るのでもなく。
まず知って、状況や状態に応じて自分に合わせて選び直してみてください。

 

まず1枚、書いてみませんか

「らしさととのうハックラボ」を作っています。

そこは、自分の「型」を知る場所、選び直すきっかけになる自分に問いかけるためのシートを、テーマごとに並べてあります。
「自分がよくわからない」「人間関係がしんどい」といった入口から選べるので、気になった1枚を開いて、手元の紙に書き出してみてください。

→ [らしさととのうハックラボ]

飲み物でも片手に、のぞいてみてくださいね。

 

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