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この記事は、「goo blog」の2025年11月18日サービス終了に伴い、掲載していた内容を引っ越ししてきました。
※goo blog「タイトル:らいおんさんからの贈り物」「プロフィール:らいおんさん」

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こんにちは。らいおんさんです。
本日も、ありがとうございます。
朝ごはんを作りますが、
時々、時間がなくてレトルトになったりすることもある。
それでも、息子は「おいしいよ」と言ってくれる。
らいおんさんは、レトルトだからまずくはないなぁと想うし、
言われるとちょっと手抜きした感じで恥ずかしく想うこともある。
残り物のご飯を使って、チャーハンを作ったり、
トーストと冷凍のカツを揚げたりして、カツサンドを作ったり、
そんなときは、息子は
「すごくおいしいよ おいしいものを作ってくれてありがとう」と言ってくれる。
言われると、らいおんさんもうれしく、おいしく感じます。
息子が、いつまでもこう感謝して食事をしてくれることを願っています。
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さて、本日の贈り物について
昔、小学生・中学生の頃、自然体験活動に参加していた時、
キャンプファイヤーで、グループごとにスタンツ(寸劇)とか
やったことがある。
その時に、スタッフやカウンセラーの人たちが
行ったスタンツで今でも覚えているものがある。
そのスタンツは、「トレペ」
台の上にいわゆるトイレで使用するロールペーパーが置かれ、
スタンツが始まっていくのですが、
設定は、原始時代。 石の上に見慣れないもの(トレペ)がある。
その見慣れないもの(トレペ)が何なのか?
原始人たち(スタッフやカウンセラー)がいろいろと言い合う。
最初は、何だ、何だと言いながら、触れようともせず、
一人ひとり順番に、見た目だけで
鳥の巣、毛皮、蛇、草なんて何かと言っていく、
次に、一人ひとり順番に、触れてリアクションを取っていく
恐る恐る棒でつついたり、指先で触れては驚いたりしていく
次に、一人ひとり順番に、何に使えるかと試していく、
体に巻いて暖かい、縛るヒモ、丸めて薪なんてパフォーマンスしていく、
とにかく、面白かったし、
なかなか思いつかない原始人には、
見ていた観客たちが考えては、大きな声で「○○だよ〜」なんて言ったり、
観客達自らが、大きな声で叫んだりして、観客を巻き込みながらで
とても、盛り上がった。
それに、それが全部、台本なしの即興だというのだから、
これまた、驚きました。
今、息子と二人で、散歩に出かけたときに、
何かを見つけては、「何だ?」「何に見える?」「何に使える?」なんて、
いろいろと言ったりして、楽しんでいます。
息子は、想いつくままに言っていて、
らいおんさんは、頭の中をフル回転させて、人生経験でカバーしながら、
何とか、息子と渡り合っていますが、
息子・子供の発想の豊かさに驚いたりするし、
自分自身の固定観念があることにショックを受けたりもしています。
一緒に生活している家族でさえ、
何を感じ、何を想うか、それぞれ違う だなぁと改めて思ったりする。
何かを 見て、聞いて、触れて、味わって、
その何かを どう感じて、どう想うのか、どう考えるのか
人それぞれ違う。
自分が、好きと感じたり、想ったりしても、人は、嫌いかも知れない。
自分が、嫌いと感じたり、想ったりしても、人は、好きかも知れない。
それが、当たり前なのだ。
全てを自分と同じように感じて、同じように想い、同じように考える
そんな人は、存在しない。
一緒に生活している家族、遺伝子を受け継いだ家族であっても
同じではない、違うのです。
何を感じ、何を想うか、人それぞれ違う
それを忘れないようにしたい。
忘れてしまうと、
自分がこう感じているのに、何でわかってくれないの?
自分がこんな風に想っているのに、何でわかってくれないの?
と不平、不満、グチを言ってしまうこともあるだろう。
何を感じ、何を想うか、人それぞれ違う と忘れなければ、
自分自身が、何を感じ、何を想うのか、
言わなければ、伝えなければ、わかってもらえない。
言ったり、伝えたりしても、人それぞれ違うからわかってもらえないかも
と想うことができるでしょう。
何を感じ、何を想うか、人それぞれ違う
それを忘れないでください。
それでは、バージョンアップして
今日も、明日もHappyになりますように。{/sayonara/}
らいおんさんからの贈り物でHappyになりますように!!
あなたが、バージョンアップして明日もHappyになりますように。
あなたがあなたらしく、自分にイノベーションを起こしながら
ワクワク・楽しく・Happyに成功・成幸していく人生の記録、物語にしていきますように。
