真実を認める痛みから逃げていないか

この記事は、「goo blog」の2025年11月18日サービス終了に伴い、掲載していた内容を引っ越ししてきました。
※goo blog「タイトル:らいおんさんからの贈り物」「プロフィール:らいおんさん」

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こんにちは。らいおんさんです。

本日も、ありがとうございます。

息子が、らいおんさんに「再婚しないの?」と訊くことがある。

まあ、相手がいないので「まだね。そのうちするかもよ」と答える。

息子は、らいおんさんが離婚をしたことを知っているらしい。

息子は、
「どうして、別れたのか? 離婚したのか?」
「ぼくのお母さんはどうしているの?」
ということをらいおんさんに一度も訊いたことがない。

らいおんさんは、訊かれたら正直に答えるつもりでいる。
息子が訊きたい、知りたいと思ったときが、
事実、真実を知るときだと思っている。

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さて、本日の贈り物について

ドラマや映画で、
天才的な科学者が、企業や政府のバックアップを受けて、
世の中をよくするために発明をする。

けれど、
企業や政府は、その発明を違う用途に利用していく。
大抵は世の中をよくするためではなく、
私利私欲、権力、軍事などのための場合が多い。
または、
何者かによって、改良され、悪用されてしまう。

そして、
違う用途に利用されていること、
改良され、悪用されていることを知った天才的な科学者は、
自分は企業や政府に利用されていたことを知り、
自分が発明さえしなければと嘆いたり、悲しんだり、
自分のせいだと思い込んでしまう。

このパターン以外に、
自分の出生の秘密や家族の秘密などによって、
事件や不可解なことが起こり、
主人公が、その秘密を知り、真実を知っていき、
事件や不可解なことを解決していく。
と言った感じのものもある。

真実を知り、その真実を自分が認め、受け入れる。

言うは容易いが、
実際に認め、受け入れがたい真実だってある。

その真実から目を背け、なかったことにしたくなる。

真実を知り、その真実を自分が認め、受け入れるときには、
多かれ少なかれ、痛みを伴うことが多いのだ。

真実を知り、その真実を自分が認め、受け入れるときに
多かれ少なかれ、痛みを伴うことが多いから、
だから、余計に、
真実から目を背け、なかったことにしたくなったりする。

真実から目を背け、なかったことにするのはいいが、
そこに、目の前にある真実を知り、認め、受け入れないということは、
ある意味、嘘をつき続ける、嘘を並べる、嘘ばかりとなるだろう。

だから、
自分に正直であろうとするために、
人は、たとえ痛みを伴うことが分かっていても
真実を追い求め、知りたがるのだろう。

また、
人は、たとえ痛みを伴うことが分かっていても
真実を追い求め、知ることで、
自分自身をより理解することになったり、
その痛みを乗り越えることで、一回りも二回りも成長していく。

だからこそ、
真実を認める痛みから逃げていないか と
自分自身に問いかけてみることも必要だろう。

あなたは、真実を認める痛みから逃げていませんか?

あなたが、今認めるべき真実はどんなことですか?

 その真実を認めると自分はどうなってしまいそうですか?

 その痛みを乗り越えるとどんな風に成長するでしょうか?

らいおんさんからの贈り物でHappyになりますように!!
あなたが、バージョンアップして明日もHappyになりますように。
あなたがあなたらしく、自分にイノベーションを起こしながら
ワクワク・楽しく・Happyに成功・成幸していく人生の記録、物語にしていきますように.

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