この記事は、「goo blog」の2025年11月18日サービス終了に伴い、掲載していた内容を引っ越ししてきました。
※goo blog「タイトル:らいおんさんからの贈り物」「プロフィール:らいおんさん」

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こんにちは。らいおんさんです。
本日も、ありがとうございます。
息子は、笑ったり、泣いたり、嬉しそうだったり、
時にはそれこそ、飛んだり、跳ねたりして
感情を思いっきり表に出している。
ただ、絵本を読んでも、テレビ・映画を観ても
泣いているところを見たことはない。
「かわいそうだね。」「悲しいね。」と口では言うが、
それで、泣くことはない。
そういったことで泣くことはないですが、
息子には、このまま感情を思いっきり表に出していって欲しいと願っています。
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さて、本日の贈り物について
らいおんさんは、
中学生の頃に心を閉ざしていたというか、
感情を内に閉じ込めていた。
その頃は、周囲の感情を気持ちを
自分自身が感じたくなかった 受け取りたくなかった。
だから、心を閉ざした。
感情を表に出すと、周囲の感情を気持ちが自分の中に流れ込んでくるので
だから、感情を表に出さず、感情を内に閉じ込めた。
高校になって、
周囲が笑っているのを見て、笑顔を作ったり、
周囲が悲しそうな顔をしていれば、悲しそうな顔を作っていた。
自分自身は、全く楽しいと思っていないのに笑顔を作っていた。
自分自身は、全く悲しくないのに悲しそうな顔を作っていた。
というか、自分自身の感情など無いようだった。
自分自身の感情を自分がわからなかった。
というか、感情の起伏というものがなく、
ある意味、常に一定でたんたんと過ごしていた。
ものすごく流行ったギャグとか、聞いても笑わなかったし、
映画や本で周囲は号泣しているのに、全く泣かなかったし、
何をしても、どんなことでも、笑ったり、泣くということはなかった。
常に、よく言えば、冷静でたんたんと過ごしていた。
違う風に言えば、無表情で過ごしていた。
そして、
自分の感情を自分で感じよう
自分の感情を表現できるようになろう
と高校1年生の夏頃に心に決め、
自分の感情を心を見つける旅がスタートしました。
そうして、
20歳の頃、小説だか、マンガだかを読んでいて、自然と泣いていた。
涙が目頭からこぼれ、その一筋の涙が頬をつたったとき、
「ああ、やっと泣くことができたなぁ。」と思って嬉しかった。
それから、少しずつ、
笑ったり、泣いたりするようになっていった。
けれど、今でも、
周囲の気持ちや感情を
シャットアウトしようと思えばできるような気もするし、
お葬式で、泣くことはほとんどないし、
何で、楽しんだり、笑ったり、泣いたり、怒ったりしているんだろうと
自分自身は感じずに、不思議に思うことは多々あるし、
あまりにも、冷静すぎて、周囲との壁を感じることがあります。
らいおんさんの話は、少し極端な例というか体験、経験ですが、
周囲が笑っているのに、一人で冷静だったり、
何だか、自分ひとりだけ笑いのつぼが違ったり、
常に冷静だったり、
場の空気を読めない(KYな人)何て言われたり、
自分が話に加わったり、話したりするとしらけたり、
よく、「鈍感だねぇ」なんて言われたり、
あなたは、
周囲のどんな思いや気持ちに感染しにくい 鈍感ですか
自分はどんな思いや気持ちに対して、
目を閉じてしまうのだろう 心を閉じてしまうのだろう。
感染しにくい、思い、気持ち、
鈍感な思い、気持ち、
目を閉じ、心を閉じてしまう思い、気持ち、
それを見ていくこと、気づいていくことで、
返って、思いや気持ちに気づいたり、感じたりすることでしょう。
それでは、バージョンアップして
今日も、明日もHappyになりますように。{/sayonara/}
ちなみに、明日は、
周囲のどんな想いや気持ちに感染ですか 敏感ですか
をお届けする予定です。
らいおんさんからの贈り物でHappyになりますように!!
あなたが、バージョンアップして明日もHappyになりますように。
あなたがあなたらしく、自分にイノベーションを起こしながら
ワクワク・楽しく・Happyに成功・成幸していく人生の記録、物語にしていきますように.
