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この記事は、「goo blog」の2025年11月18日サービス終了に伴い、掲載していた内容を引っ越ししてきました。
※goo blog「タイトル:らいおんさんからの贈り物」「プロフィール:らいおんさん」

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こんにちは。らいおんさんです。
本日も、ありがとうございます。
息子が、言わないようにすると決めた言葉があります。
「嫌だ」
「できない」
「わからない」
もし、そう思ってしまったら、そこで時間が止まってしまう。
だから、言わないようにすると決めました。
「嫌だ」 ⇒ 「だから、どうしたい」
「できない」 ⇒ 「だから、どうする」
「わからない」⇒ 「だから、どうしたらいい」
と置き換えるようにする、と言うようにする。
息子とそう決めました。
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さて、本日の贈り物について
らいおんさんは、中学生になって突如学校で仲間外れにされ、
誰も近づかない、むしろ避けられて3年間を過ごした。
そのため、自分の心と感情を自分の中に閉じ込めるようになった。
そのせいで、怒り以外の自分の心と感情を自分が気付かない、わからない
ある意味失ってしまったのと同じような頃がありました。
その頃は、自分の心と感情を自分が気付けない、わからない、
そんな風には、思いも感じてもいませんでした。
ただ、何をしていていも、
満足することも、喜ぶことも、笑うことも、泣くこともなく、
虚しさと苛立ち、将来に夢も希望もなく、
自分自身の存在に嫌悪したり、周囲の人の存在に嫌悪したりして
ただただ日々が過ぎていくの傍観者のように見ていたような気がする。
ある意味で自分の心と感情を失ってしまっている自分に
高校生の時に気付くことができ、
それからは、
自分自身と向き合い、自分の心と感情を自分の中に探すようになり、
本を読んだり、周囲の人の感情と心に興味を持ったりしながら、
自分はどう思っているのか、
自分は何を感じているのか、
自分はどうしたいのか、
そんなことを自分自身に問いかけ続けてきた。
そして、浮かんだその答えをメモしたり、
今の自分について考えたりしていた。
二十歳の頃に書いたメモに、
「役立たず 自分に レッテル貼る 馬鹿な俺」
「無気力 無関心 無感動 それが今の私」
数年経っても、こんな感じだった。
二十歳の頃にこんな風に自分のことを思っていたので
当然のように、
自分は、居ても居なくても同じ。
いやむしろ、居ない方がいいんじゃないか。
何をやっても認められない。
そんな風に自分のことを思っていることが多かった。
そう、自分には価値がない。と感じていた。
ならば、あるがまま、自分は自分であり続けよう
自分のまま、我のまま、我がままに生きてみよう。
そう思うようになった。
また、生きている、生かされている以上
何か自分にやれること、自分にしかできないことがあったり、
自分は何かをするためにまだ生きている、生かされているんだと
そんな風にも思うようになりました。
自分には価値がない。と感じていたのが、
180度変わり、きっと自分には価値があるんだ。と思うようになった。
今でも時折、
自分は、居ても居なくても同じ。
いやむしろ、居ない方がいいんじゃないか。
何をやっても認められない。
と思ってしまうことはあるけど、
自分には価値がない。と感じることはなくなりました。
周囲の人から、どんな風に思われようが、どんな風に言われようが、
自分が自分自身に対して
どんな風に思うのか、どんな風に言うのか、
というセルフイメージが大事なんだということに気付きました。
あなたは、自分自身を
どんな存在だと思っていますか、言っていますか?
どんな評価をしていますか?
人とどんな付き合い方をしていますか?
あなたの価値は、何によって決まるのか?
それは、
あなたの価値は、セルフイメージに比例する
それでは、バージョンアップして
今日も、明日もHappyになりますように。{/sayonara/}
ちなみに、明日は、
あなたの口ぐせは、人を幸せにするだろうか それとも、
をお届けする予定です。
らいおんさんからの贈り物でHappyになりますように!!
あなたが、バージョンアップして明日もHappyになりますように。
あなたがあなたらしく、自分にイノベーションを起こしながら
ワクワク・楽しく・Happyに成功・成幸していく人生の記録、物語にしていきますように。
