この記事は、「goo blog」の2025年11月18日サービス終了に伴い、掲載していた内容を引っ越ししてきました。
※goo blog「タイトル:らいおんさんからの贈り物」「プロフィール:らいおんさん」

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こんにちは。らいおんさんです。
本日も、ありがとうございます。
息子が、何かを工作したり、行動したりするのを見て、
もっとこうしたり、ああしたりしたほうがいいのに、
とよく思うことがある。
でも、それをいきなり言ったりせず、
「それでいいの?」と訊いてみたりする。
すると、息子は「これでいいの。」と答えたりすることがある。
そう答えたときは、それ以上何も言わないようにしている。
自分で選んで、決めて、動いた結果に自分で満足しているなら
それは、それでいい。
それ以上、らいおんさんの主観で言ったら、
息子は、自分自身を否定されたと感じたり、
自分はダメだと思ったりしてしまうかもしれない。
だから、らいおんさんの主観を言うのは、
息子が「これでいいの。」と答えなかったときにしています。
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さて、本日の贈り物について
何かをしようとすると
そのことの完璧な姿を想像し、その完璧な姿にすべく
行動をしようとする。
頭では完璧な姿を想像できているから、
行動した結果も完璧になるだろうと思ってしまう。
けれど、実際に行動した結果は、
完璧とは言えないものになっていることが多い。
そうして、完璧とは言えない結果に対して、
悩み、考えてしまったり、自分のスキル、能力について思い知らされる。
完璧な姿を想像し、
完璧に仕上げよう、完璧な結果にしようと思い、行動する人は、
たくさんいるだろう。
逆に、完璧さを求めている人も大勢いるだろう。
でも、完璧さって
何がどうなったら、完璧なのだろうか?
完璧な姿を想像しているのは、自分自身だから、
自分自身にとっての完璧さであり、
他の人から見たら、完璧ではないこともあるだろう。
つまり、
完璧さは、個人の主観に左右される。
だから、
自分自身が、完璧と思っても、
他の人が、完璧であるとは思わなかったり、
自分自身は、完璧でないと思っても、
他の人は、完璧だと思ったりすることがある。
それでも、
完璧を追い求め、完璧な姿を実現しようと思い、
完璧な姿、完璧な結果を得られると思っている。
完璧な姿、完璧な結果を追い求め、実現しようとするけど、
それは、自分自身の個人の主観によるものだから、
完璧になったとしたら、自分自身の自己満足に終わるだろう。
仕事、商品、サービスに関しては、
自分自身の自己満足な完璧さを追い求めるよりも、
完璧であってはいけない 改善する余地を残しておく
ことをお勧めします。
仕事、商品、サービスに関しては、
それらを利用、活用するのは自分自身ではなくお客様である。
だから、
自分自身の自己満足的完璧さを追い求めるより、
お客様にとっての完璧さに近づけるようにした方がいい。
自己満足的完璧にものに仕上がってからだと、
自分自身は完璧だと思っているので、
それに、手を加える、変更、修正することを
ためらったり、行わない、行えなかったりするだろう。
だからこそ、
完璧であってはいけない 改善する余地を残しておく
完璧であるより、改善する余地を残しておきつつ、
お客様の声を聴き、お客様にとっての完璧さに近づけていく。
それから、
完璧ということは、それでそのものは止まってしまう。
完璧ではなく、改善する余地があるからこそ、
そのものは成長していく、変化していける。
だから、
完璧であってはいけない 改善する余地を残しておく
らいおんさんからの贈り物でHappyになりますように!!
あなたが、バージョンアップして明日もHappyになりますように。
あなたがあなたらしく、自分にイノベーションを起こしながら
ワクワク・楽しく・Happyに成功・成幸していく人生の記録、物語にしていきますように.
