この記事は、「goo blog」の2025年11月18日サービス終了に伴い、掲載していた内容を引っ越ししてきました。
※goo blog「タイトル:らいおんさんからの贈り物」「プロフィール:らいおんさん」

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こんにちは。らいおんさんです。
本日も、ありがとうございます。
息子は、レゴが大好きで、
6歳だけど、8-14歳のものや、
自分の腕を広げたくらいの大きな箱のものも
自分ひとりで造りあげていく。
造り始めると、ご飯とか関係なく、本当に完成するまで、
ほとんど手を止めることなく、造り上げていく。
造りながら、「これが、○○で」「これすご~い」とか
いろいろ言いながら、完成したときの状況を思い描きながら、
完成した後に自分が遊んでいる姿を想いながら、
そして、造り上げると完成したレゴで何時間も遊んでいる。
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さて、本日の贈り物について
小学校の頃は、
授業は、それなりに聞いてはいたけど、
次の休み時間は何をして遊ぼうかなぁ
放課後、何をして遊ぼうかなぁ ということばかり考えていた。
放課後に遊べるように、授業中や授業と授業の合間の10分休みとかに
宿題を終わらせたりもしていた。
4年生くらいになると、
そろばん、水泳、ピアノと習い事が増え、
友達と遊ぶのは、習い事の始まるまでの時間になってしまった。
友達から誘われても、習い事があるからと
断らなければならないことも増え、
それが、すごく嫌だった。
遊びに行くか、習い事に行くかで、
学校から帰ってきても、大抵家には居なかった。
というか、家には居たくなかったのかもしれない。
中学校になると、
友達との交友関係は、一変して、
らいおんさんは、何故か仲間はずれ、しかとされ続けるという状況になり、
学校が、嫌いになり、
現実を無視したり、拒否したり、
自分自身と常に葛藤しながら3年間を過ごした。
必然的に学校以外で、友達を作り、その友達と遊んだりしていた。
高校になると、
同じ中学校の人たちは相変わらずだったが、
他の中学校出身の人たちとは仲良くなっていき、
中学時代のような状況は、無くなり、
学校で友達もでき、休み時間や放課後に遊んだりするようになった。
ただ、学校自体はあまり好きになれず、
真面目に受ける授業もあれば、
常に寝ている授業、出席さえしない授業、本を読んでいた授業など
ある意味、自分勝手に過ごしていた。
そして、学校外の友達と自主サークルを作って、
イベントとか開催していたから、
そのことを考えてばかりいた気もするし、
実際、そのイベントの準備などで授業を休んだりしたこともあるし、
学校行事が、イベントと重なったりしたときは、イベントを優先していた。
遊ぶため、イベントのため、アルバイトをしたりしていた。
高校卒業後も、
専門学校に通ったが、自主退学し、
大学に入りなおし、
大学卒業後は、定職に就かずに、
臨時任用教諭、ショップ店員、自然体験活動と
自分の思うように、自分勝手に生きてきたと思う。
何で、そんな風になったのだろうか? と考えてみたことがあるけど、
家が好きじゃなかった、家に居たくなかった、
自分と言う存在と自分の居場所みたいなのが、
家には感じられなかったのだと思う。
だから、
自分と言う存在について考えたり、
自分の居場所はどこにあるのだろう?と考えたり、
自分自身と常に対話をしながら、葛藤しながら過ごしてきたと思うし、
自分自身を大事にしてあげたい、
自分の思うようにしていくことで、自分を保ち続けてきたのだとも思う。
自分の思うように、自分勝手に生きていくことが
自分と言う存在を認め、自分自身のあるがままを受け止める方法だったのだろう。
今でも、あるがまま。我(われ)のまま。
我がまま(自分が自分であり続ける。)に生きていくことが
自分の幸せなのだと思っている。
ただ、今は、
愛する人が幸せにしていることが、
自分をも幸せにしてくれることだとわかる。
成長してくる中で、いろいろなことが、頭と心を独占してきた。
その中心と言うべきものがあることにも、
後々になって気付いた。
それが、自分自身を支えてきたということにも気付いた。
あなたの 頭と心を独占しているものは何だろう?
いつから、頭と心を独占しているのだろう?
どうして、頭と心を独占しているのだろう?
それは、自分自身に対して、どういった影響を与えているのだろう?
らいおんさんからの贈り物でHappyになりますように!!
あなたが、バージョンアップして明日もHappyになりますように。
あなたがあなたらしく、自分にイノベーションを起こしながら
ワクワク・楽しく・Happyに成功・成幸していく人生の記録、物語にしていきますように.
