人の評価を自分の評価にしなくてもいい

この記事は、「goo blog」の2025年11月18日サービス終了に伴い、掲載していた内容を引っ越ししてきました。
※goo blog「タイトル:らいおんさんからの贈り物」「プロフィール:らいおんさん」

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こんにちは。らいおんさんです。

本日も、ありがとうございます。

息子の行動を見ていると、歯がゆさのあまり、
「どうして、そんなんなの?」と思わず、
強い口調で言ってしまうことがある。

続けて、「○○だろ。」とらいおんさんの思いを
押し付けてしまいそうになることもある。

けれど、息子には、息子なりの思いもあるだろう。

だから、強い口調、押し付けてしまいそうになりそうなとき、
出来る限りそれを踏みとどまり、
「どんな風に想っているの?」
「どうしたいの?」
と訊いて、先ず息子自身の思いを聴くようにしている。

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さて、本日の贈り物について

人から、なんて想われているでしょうか?

人から、なんて言われたりすることがありますか?

人から、どんなところが善いと言われたりしますか?

人から、どんなところが悪いと言われたりしますか?

人から、どんな性格だといわれたりしますか?

人から、どんな期待をされていますか?

人から、どんな役に立てと言われたり、想われたりしていますか?

人から、好かれていますか?

人から、どんなところを好かれていますか?

人から、嫌われていますか?

人から、どんなところを嫌われていますか?

人から、どんな価値があると言われていますか?

人から、どんな評価をされていますか?

人からの評価は、
人によって、変わったりしますか?
それとも、大抵同じような評価だったりしますか?

人から、どんな評価をされているか
その評価に対して、自分自身は、どんな風に思いますか?

 その通りだと思いますか?
 部分的には、その通りだと思いますか?
 かなり違うなぁと思いますか?

人から、どんな評価をされているか
その評価に対して、自分自身は、どんな反応をしたりしますか?

 素直に受け入れますか?
 拒否・反発してしまいますか?

十人十色、千差万別、人それぞれ違う
人それぞれ違うからこそ、想い、善悪、性格、価値、評価も
異なってくる。

その異なったものを全部受け入れていると
矛盾だらけになってしまうし、
自分自身が、薄れてしまったり、段々と消えていってしまう感じがする。

だからこそ、
人の評価を自分の評価にしなくてもいい

人の評価は、その人の主観、感情などが入っているのだから、
「その人は、そんな風に想うんだぁ」
「その人には、そんな風に映っているんだなぁ」
と想うくらいがちょうどいいのではないだろうか。

人の評価 ≠ 自分の評価 としなくていい。

人の評価そのままを自分自身がどう受け止めるか?
受け止めた上で、どうしていくかは、自分自身が決めていい。

らいおんさんからの贈り物でHappyになりますように!!
あなたが、バージョンアップして明日もHappyになりますように。
あなたがあなたらしく、自分にイノベーションを起こしながら
ワクワク・楽しく・Happyに成功・成幸していく人生の記録、物語にしていきますように.

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