比較する相手を間違っていないか

この記事は、「goo blog」の2025年11月18日サービス終了に伴い、掲載していた内容を引っ越ししてきました。
※goo blog「タイトル:らいおんさんからの贈り物」「プロフィール:らいおんさん」

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こんにちは。らいおんさんです。

本日も、ありがとうございます。

息子と一緒にお散歩に行くと、
通りすがりの子供たちが持っていたり、何かを食べていたりすると
「僕も、欲しいなぁ」と言ったりすることがある。

そうしたときは、「何を?」「どうして?」と訊く。

そして、息子が答えた内容によっては、
望みをかなえることもあれば、却下することもある。

だって、ただ見てうらやましいだけだったら、
本当に望んでいるものは、別なところ、別なものだと想う。

息子が、本当に望んでいるものを手に入れようとしているのなら、
らいおんさんは、息子が手に入れられるように努力しようと思う。

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さて、本日の贈り物について

「○○ちゃんと比べて、自分の子は、   」と
比べたり、比較したりして、
自分の子の方が良いところ、良くないところなどを見つけようとする。

自分の子の方が良いところを見つけると、
自分に自信が湧いてきたり、自分自身が褒められている感じがする。

自分の子の良くないところを見つけると、
自分に自信を失くしたり、自分を責められている気になったり、
自分自身が悪いんだと感じたり、思ったりしてしまう。

「○○ちゃんと比べて、自分の子は、   」と
比べたり、比較したりして、
自分の子の方が良いところ、良くないところなどを
見つけようとしているのではなく、
「○○ちゃんの親と自分自身」を比べたり、比較しているのだ。

でも、
「○○ちゃんと比べて、自分の子は、   」ということを通して
「○○ちゃんの親と自分自身」を比べたり、比較しても実際には意味がない。

なぜなら、
自分の子は、親である自分自身の教育、躾、考え方、接し方などの影響を
大きく受けてはいるが、
親である自分自身の影響を受けているだけでなく、
子は子で、自分の親以外からも影響を受けているし、
子は子で、自らの意思、性格、考えを持っている。

親子だから、似ているところもあるが、全く同一ではない。

つまり、
「子は子」「親は親」である。

自分の子と自分自身を重ね、同一視してしまうのは良くない。

または、
自分の子が、悪さをしたり、恥をかけば、
親である自分自身が責められ、恥をかく。

だから、
自分自身が責められないように、恥をかかないようにと
自分の子を教育したり、躾けたりする。

これも、
自分の子と自分自身を重ね、同一視してしまっているので良くない。

ただ、
「自分の子が、誰かと比べて○○だ。」と想うことはある。
そうしたときに、
自分の子にとって、どうするのが良いか と比較し考えたりするのはいいが、
親である自分自身のために、自分の子をどうするか と比較し考えてはいけない。

親子という関係でお届けしてきましたが、
人と人、ものともの、人ともの、何かと何か を
比べ、比較したりすることは、よくある。

ただし、
比較する相手を間違っていないか 確認した方がいい。

比較する相手を間違っていたら、何の意味もない。
一つの物事、出来事は、複数の要素から成り立っている。

比較する相手に対して、同じ要素を持ち合わせていて、
その要素について比較するならよいが、
違う要素どうしてを比較しても、
元々が違う要素なのだから、自ずと結果は違っていてあたりまえ。

比較する相手を間違ったまま、比べ、比較して、
考え、検討しても、意味がない

だからこそ、
比較する相手を間違っていないか 確認してみよう。

らいおんさんからの贈り物でHappyになりますように!!
あなたが、バージョンアップして明日もHappyになりますように。
あなたがあなたらしく、自分にイノベーションを起こしながら
ワクワク・楽しく・Happyに成功・成幸していく人生の記録、物語にしていきますように.

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