できる自分という壁を高くしすぎて疲れていませんか

「できる自分」を演じてしまう時間

誰かの前で、つい「できる自分」を
演じてしまうこと、ありませんか。

本当は余裕なんてないのに、
「大丈夫です」「任せてください」と
笑顔で引き受けてしまう。

分からないことがあっても、
「いまさら聞けない」と平気な顔をして、
あとから一人で必死に調べる。

SNSを開けば、充実しているような投稿を選び、
誰かからの「すごいですね」という言葉に、
少しだけほっとしている自分がいる。

けれど、家に帰って靴を脱いだ瞬間、
どっと重い疲れが押し寄せてくる。

「本当の自分は、こんなにすごくないのに」

周囲の期待を裏切るのが怖くて、
弱みを見せられないまま一日を終える。

いつの間にか自分のまわりに作ってしまった「壁」を、
低くできなくなってしまっているのかもしれません。

漫画『ザ・シェフ』に見る見栄の重さ

ライブドアニュースが2026年9月10日に公表した、
昭和・平成の名作漫画『ザ・シェフ』のエピソードを題材にした
考察記事を読みました。

『【ザ・シェフに学ぶ人間関係】「自分らしさ」という呪縛。
なぜ人は“偽りの肩書”にしがみつき、本当に大切な人を遠ざけてしまうのか?』
https://news.livedoor.com/article/detail/32287784/

記事の中で紹介されていたのは、
「さらば愛しきワイン」というエピソードでした。

事故で失明したことをきっかけにワインに打ち込み、
「盲目のワインマニア」として世間から賞賛された50歳の男性。

実は、彼の目は2年前に見通せるようになっていました。

視力が戻っていたにもかかわらず、
彼は目が見えるようになったことを隠し、
「盲目のワインマニア」であり続けようと嘘をつき続けていました。

なぜなら、「ただのワイン好きの男性」に戻るよりも、
世間から特別視される肩書を失うのが怖かったからです。

そして、その肩書を守るために、
一緒に暮らしたいと心配してくれていた実の娘を、
冷たく突き放していました。

一緒に暮らせば、目が見えている嘘がバレてしまう。

彼は見栄を守るために、
身近にいる大切な人との関係を切り捨てていました。

そこに現れた主人公のシェフ・味沢匠が、
彼の嘘を見破り、去り際にこう告げます。

「自らを『盲目のワイン・マニア』と祭り上げることで
自分の一番大事なものを見失い、
心配してくれている娘を遠ざけていたわけですか……」

男性は過ちに気づき、肩書への執着を手放して、
娘との関係を取り戻す一歩を踏み出した、というお話です。

ここまでが、ライブドアニュースの記事に書かれていたことです。
ここからは、これを読んで僕が考えたことです。

 

笑っているけれど楽しくない感覚

このエピソードを読んで、
僕は高校生の頃のことを思い出していました。

高校のとき、教室で、僕は、
「あれ?笑っているけど、楽しくも、なんとも思ってない。」
という感覚になりました。

それは、
「友達が笑っているから、自分も笑顔を作っている」
と気づいた瞬間でした。

まぁ、中学に感情をOFFにして3年間過ごした弊害なんです。

輪から外れるのが怖かったり、
ノリが悪いと思われたくなかったりして、
周りが求める「明るい自分」の顔を張り付けていたのだと思います。

笑顔を作っていれば、その場は無難に流れます。

誰からも責められないかも、波風も立たないかも、

けれど、心の中には「空っぽの感覚」だけが残っていました。

相手と話しているようでいて、
相手が見ているのは僕が作った仮面であり、
僕自身は誰ともつながっていない。

自分の心を守るための感情OFFが、
気づけば自分と誰かを遮る壁になってしまっていました。

 

守るための遮る壁で気づいたこと

大人になってからも、
その壁があることで、外側から見られている僕は、

「頼りになるリーダー」でいようとしたり、
「何でも知っている専門家」でいようとしたり。

一度誰かから「すごいですね」と言われると、
その期待に応え続けなければいけないような気がしてくる。

弱音を吐いたら、がっかりされるんじゃないか。

できない自分を見せたら、離れていってしまうんじゃないか。

周囲の人の言葉が素直に届かなくなってしまうことがある。

「この人は、僕の外側だけを見ている」と、
相手の好意すら疑ってしまう。

でも、本当にそうでしょうか。

身近にいる大切な人が見たいのは、
きれいに振る舞う外側ではなく、
息をして、悩みながら生きている自分自身かもしれません。

壁を低くしたり、透明にしてみたりすると、
相手の差し出してくれた手が、
ようやく見えるようになってきたりします。

 

心の壁を低くする3つの手順

もし、誰かの前で「できる自分」を演じ続けて
息苦しくなっているなら、
次の3つの手順を試してみてください。

①守ろうとしている「壁」を言葉にする

まず、自分がどんな姿を守ろうとして
力が入っているのかを、静かに見つめてみます。

– 「いつも冷静で的確な人」と思われたいのか
– 「仕事が早くて頼れる人」でありたいのか
– 「愚痴を言わずに笑顔でいる人」を演じているのか

ノートの片隅に、その壁の名前を書いてみます。

名前をつけるだけで、
「自分自身」と「壁」を
客観的に、違った角度から眺められるようになります。

②演じることで遠ざけているものを見る

壁を守るために、
自分が何を後回しにしているかを確かめます。

疲れているのに断れなかった睡眠時間でしょうか。

素直に「教えてほしい」と言えなかった同僚への信頼でしょうか。

それとも、心配して声をかけてくれた家族に
「大丈夫だから」とそっけなく返してしまった会話でしょうか。

壁を守るために手放していたものが、
実は一番大切にしたかったものだと気づくことがあります。

③小さな弱音を一つだけ手元に抱える

いきなりすべてをさらけ出す必要はありません。

信頼できる身近な人に、
小さな本音や弱音をひとつだけ見せたり、言ってみます。

– 「ちょっとここ、分からなくなっちゃって」
– 「今日は少し疲れ気味で、ゆっくり進めたいです」
– 「いつもみたいにうまく進まなくて」

完璧さを少しだけ横に置く。

弱みを見せることは、負けではありません。

相手があなたの隣に腰を下ろすための、
小さな隙間を作ることだったりします。

 

壁を低くしたあとのこと

壁を低くしたり、透明にしたからといって、
誰からも嫌われなくなるとは限りません。

「なんだ、そんなものか」と
離れていく人もいるかもしれません。

けれど、壁の中が見えてもあなたのもとに残ってくれる人は、
あなたの肩書ではなく、あなた自身を見てくれる人です。

壁の中に、
ようやく本当の安心が戻ってくると思っています。

いまの壁を、
少しだけ低くしたり、透明にしてみませんか。

 

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