この記事は、「goo blog」の2025年11月18日サービス終了に伴い、掲載していた内容を引っ越ししてきました。
※goo blog「タイトル:らいおんさんからの贈り物」「プロフィール:らいおんさん」

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こんにちは。らいおんさんです。
本日も、ありがとうございます。
息子は、賢いと言われている。
確かに、同年代の子と比べたら、ある意味賢いし、変わっている。
けれど、
もっと、もっと、賢くなっていくだろうと思うし、
もっと、もっと、自分が自分で豊かに、楽しく、幸せを
掴んで行って欲しいと思っている。
だから、
らいおんさんにしたら、まだまだだなぁと思っていたりします。
まあ、そう入っても、
息子のことは、賢いなぁと思っています。
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さて、本日の贈り物について
「俺は、金持ちだぞ」
「俺は、社長だぞ」
「昔の俺は、すごかったんだぞ。」と
富、名声、地位、権力を始めとして
役職、過去の経験・栄光、武勇伝などを話して、
威張り散らしている人がいる。
その威張り散らしている内容は、
その人に取って努力した成果だし、自慢であり、
自分自身のアイデンティティーの一つであり、
自尊心を保つために必要なことなのだろう。
でも、ちょっと違和感がある。
それは、
「俺は、金持ちだぞ」って、誰と比べてそう言っているの?
らいおんさんの息子にしたら、らいおんさんのお財布に1万円があれば、
「お金もちだねぇ」と言ったりするし、
預貯金や資産が、1億円あれば「お金持ち」なの?
預貯金や資産が、100億円ある人から見れば、
1億円の人は、お金持ちと呼ばれないだろう。
それとも、
目の前の相手?
昔の自分?
「俺は、社長だぞ」って、比べる相手、会社があってそう言っているの?
社長と言うことは、会社という組織、グループの中で成り立つ。
会社という組織、グループを離れたら、社長と言うのは関係ない。
まあ、その会社が世の中に大いなる影響を与えていたら、
社長という役職、肩書きも少しは、世の中への影響があるかもしれない。
つまり、会社という組織、グループの中で、
社員や部下という人たちが居て、社長という肩書き、ポジションがある。
その社員や部下と比べて、自分は社長だと主張しているのだろうか?
それとも、
会社という組織、グループを離れたところで
その会社と関係ない相手と比べて、主張しているの?
「昔の俺は、すごかったんだぞ。」って、
いつの誰と比べてすごかったと言っているの?
昔の俺ということは、今はどうなの?
今の俺と比べて、昔はすごかったということ?
すごかった昔の俺と同年代の目の前にいる人と比べて言っているの?
すごかった昔の俺の時代と今の時代を比べてすごかったと言うの?
一体、何と比べて、比較して言っているのだろうか?
確かに、その人が努力した成果だし、自慢であり、
自分自身のアイデンティティーの一つであり、
自尊心を保つために必要なことなのだろうけれど、
本当に、そのことを威張り散らすことが良いことなのだろうか?
比べている、比較している相手がふさわしいのだろうか?
らいおんさんは、
「威張り散らしている人は、比べている、比較している相手を間違っている。」
と思う。
では、
何と比較した方がいいのか
それは、それで、答えを探し始めると長い年月が必要な気がする。
ただ、一歩一歩自分の人生をより豊かなに幸せにするためには、
未来の自分と今の自分を比較したほうが言いように思う。
らいおんさんからの贈り物でHappyになりますように!!
あなたが、バージョンアップして明日もHappyになりますように。
あなたがあなたらしく、自分にイノベーションを起こしながら
ワクワク・楽しく・Happyに成功・成幸していく人生の記録、物語にしていきますように.
