すべてを速く終わらせようとする日々
朝起きてから夜眠るまで、
「どうすればもっと早く済むか」
「どうすれば時間を短縮できるか」と
考えていることはありませんか。
仕事の連絡は要件だけを手短に返し、
移動の合間に要約記事を流し読みし、
動画は倍速で再生する。
タイパという言葉が広まったように、
限られた時間をうまく使う工夫は、
忙しい毎日を回していく助けになります。
効率を求めること自体は、
悪いことではないと思います。
ただ、効率を求めることが、
いつの間にか一日のすべてになっていたら。
やることは予定どおりに片付いたのに、
今日のことを誰かに話そうとすると、
話せることが思い浮かばない。
そんな夜はないでしょうか。
時間を節約しようとするのは、
自分の時間を大切にしたいから。
早く終わらせようとするのは、
余白を作りたいから。
僕には、そう見えます。
それでも、効率だけを重ねていくうちに
気持ちが擦り減ってしまうとしたら。
省いてきた「手間」の中に、
本当は何があったのでしょう。

ある大学長が書いた非効率の価値
ある大学長のコラムを読みました。
※出典元は、末尾参照
筆者は、鍛えなければ衰えるという
人の身体の道理について、
次のように書いています。
「自動車のせいで歩くことや走ることが無用になったと考える人はいない」
「エレベーターは階段を上ることの価値を消し去らなかった」
そして、こう続けています。
人間は非効率な身体活動に、
あえて時間とエネルギーを使う。
なぜなら、そこで生み出されるものが、
重い荷物の運搬ではなく、
自分自身だからだ、と。
筆者は、
能力を広げてくれる場面では技術を活用しつつも、
訓練そのものをAIが代わりに担おうとするときは
警戒しなければならない、と語ります。
時には車に乗れるとしても歩くべきであり、
機械が文章を生成しても、自分で書くべきだ。
一見無意味に見える反復こそが、
人をより強くするのだと書いていました。
このコラムは、一人の大学長が
個人的な思索を綴ったものです。
あらゆる仕事や状況にそのまま
当てはまるわけではありません。
省くほど失われていく手応え
僕がこの記事を読んで考えたのは、
「手間を省くこと」と
「豊かに生きること」は、
必ずしも同じではないのかもしれない、
ということでした。
時間を短縮しようとして、
考える手間や、手足を動かす時間を
どんどん切り捨てていく。
すると、確かに時間は残るのですが、
その時間が、どこか
薄く感じられることがあります。
なぜなら、自分が頭を悩ませ、
時間をかけて手足を動かしたことこそが、
「自分自身の経験や成長を育む」と
思っているからです。
近道ばかりを選んでいると、
目的地に着くことはできても、
歩いた記憶は残りにくいのかもしれません。
100キロを歩いたときのこと

僕は、考えるときは歩きます。
よく煮詰まると、散歩に出かけます。
以前、100kmを26時間で
踏破したことがありました。
1日に67kmを歩いたこともあります。
移動するだけなら、
電車や車に乗ったほうが速くて効率的です。
効率の面から見れば、
意味のない行為に見えるかもしれません。
自らの身体で歩くからこそ、
その場の空気感や情景を肌に感じたり、
その感じたことを、余すことなく受けとめられる。
効率とは遠いところにある手間のなかに、
自分を支える芯のようなものが
育つこともあると、僕は思っています。
自分の手元に手間を戻す3つの手順
もし、効率を追いかける毎日に疲れて、
自分の輪郭が薄くなっていると感じるなら。
次の3つの手順を試してみてください。
① 時間を短縮していることを1つ見つける
普段、当たり前のように
効率化している行動を1つだけ思い出します。
移動中に音楽を早送りしていることでも、
食事を手早く済ませていることでも構いません。
② その工程を、あえて自分の体でやってみる
見つけた行動の中から、1つだけ、
わざわざ時間をかけてやってみます。
一駅分だけ自分の足で歩いてみる。
急がずに、手で文字を書いてみる。
道具や近道を使わずに、
自分の手足をそのまま動かします。
③ その時間に出てきた感覚を言葉にする
早く終わらせるためではなく、
動いている最中に何を感じたかを
短く確かめてみます。
「風が少し冷たかった」
「ペンの進む音が心地よかった」
その小さな実感こそが、
あなた自身がその場にいた証拠なのだと思います。
効率の先にある自分の時間
すべてを効率化しなくても、
あなたの価値が下がるわけではありません。
むしろ、誰の目にも触れない
小さな手間にこそ、
自分らしさが宿っていることがあります。
速さを競うのを、ひとつ手放してみる。
そして、自分の手足で過ごす時間を、
そのまま大切に味わってみる。
「あ、あれは自分の手でやったな。」
そう思い出せることが一つあれば、
それがもう最初の一歩です。
「あれは自分でやった」と思えることを、
もう少し見つけたくなったら、こちらの1枚もどうぞ。
→ 自己肯定感UP〔自分自身編〕

出典
朝鮮日報(日本語版) 2026年10月14日 23:46公表
無意味に見える非効率が私たちを強くする
文:ジョン・フランクルさん(延世大学 アンダーウッド国際大学長)
https://www.chosun.com/jp/opinion-jp/2026/10/14/7QHMPTJOEVEPBEOW4YRAFK26UE/
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