「役割の顔」だけで人と接して疲れていませんか

業務の仮面をつけて過ごす時間

夕方のオフィスで、ふと手が止まることがあります。

一日中、誰に対しても失礼のないように言葉を選び、
隙を見せないように背筋を伸ばし続けていたことに気づく。

「しっかりした社会人として振る舞わなきゃいけない」
「後輩の前で迷っている姿を見せてはいけない」
「担当者として完璧な答えを返さなければ」

そんなふうに自分に言い聞かせながら、
画面の向こうや隣の席の同僚に、
当たり障りのない事務的な文面を送り続けている。

業務上のやり取りにミスはないし、滞りもない。
一日を大きな波風なく終えられそうに見える。

けれど、胸の奥に残っているのは、
誰とも本当には会話していなかったような、
奇妙な渇きだったりします。

「自分はここで、何をすり減らしているんだろう」

「どうしてこんなに他人行儀に構えてしまうんだろう」

業務を滞りなく回すための「役割」を全うしようとするほど、
素の自分が奥へ奥へと引っ込んでしまう。

相手の言葉にうなずきながらも、
心の中では厚い防音ガラスを一枚隔てているような隔たりを感じる。

誰かと衝突したわけでもないのに、
ただ「役割の顔」を貼り付けていただけの一日に、
ずっしりとした疲労感を覚えてはいないでしょうか。

 

会社の顔と個人の好きをつなぐ実践

小学館が運営するWEBメディア「Oggi.jp」が2026年9月20日に公表した、
インタビュー記事を読みました。

『「自分を戻せる習慣や場をもつことで、〝ご機嫌に働く人〟を増やしたい」会社員/サウナプロデューサー・川田直樹さんインタビュー』
https://oggi.jp/7929150

記事の中で紹介されていたのは、コクヨで人材組織開発を担いながら、
企業横断のサウナコミュニティを運営するなど、
本業とライフワークを両立させている川田直樹さんのお話です。

川田さんは「会社員でも自分をしまい込む必要はない」と語り、
職場で人と人が心を開き合うための視点として、
会社の仕事としての顔を「A面」、個人の好きなことや素の顔を「B面」と表現されていました。

川田さんがマネージャーとしてチームを率いていた頃、
50代のベテラン社員と20代の若手社員がペアになり、
お互いに心を閉ざして連携ミスが続いていたことがあったそうです。

そのとき川田さんは、先輩がレゲエ好きであることを知り、
チームのみんなで先輩行きつけのレゲエバーへ足を運びました。

会社での堅い顔(A面)とは全く違う、
素の顔(B面)で楽しそうに音楽を語る先輩の姿を見た若手は、
翌日から距離を縮め、チームの壁を越えられたといいます。

会社の仕事と個人の好きなことをきれいに切り離すのではなく、
素の自分(B面)をほんの少し見せることで、
人と人とのあいだに新しい風が通り抜けていく。

会社の顔だけで息苦しくなってしまう人に向けて、
人とつながり直すための具体的な実践が紹介されていました。

ここまでが、Oggi.jp公表の記事に書かれていたことです。ここからは、これを読んで僕が考えたことです。

 

牽制しあっていた同僚たちが繋がった瞬間

「素の顔が見えることで、人と人の壁を越えられる」という話を読んだとき、
僕はかつて見てきた、研修での光景を思い出していました。

職場の中には、同期や同僚であるにもかかわらず、
お互いにどこか牽制しあっている関係性がよくあります。

「相手に負けたくない」「自分の領域に踏み込まれたくない」と、
お互いに仕事の顔という盾を構えて、
表面的な会話だけで済ませてしまう。

そんな牽制しあっていた人たちが、
チームビルディングの体験の中で変わっていく場面を、
僕は見てきました。

目の前の課題に対して、それぞれが自分のアイデアを出し合う。

どのアイデアで実行するかを話し合って決め、
実際にチームで試す。

もちろん、最初からうまくいくわけではありません。

途中で失敗してしまうこともあります。

けれど、そこで誰かが失敗したアイデアを否定するのではなく、
「じゃあ、ここを直そうか」とブラッシュアップしたり、
別の視点から新しいアイデアを出し合ったりしていく。

チームを組んだみんなのアイデアが少しずつ足されて、
一つの形になっていく過程の中で、
それまで身構えていた人たちの表情が、すっとやわらいでいくのです。

業務の役割という鎧を脱いで、
「未完成なアイデア」や「失敗した姿」をそのまま差し出す。

完璧な成果を見せ合うのではなく、
試行錯誤する泥臭い素の姿を共有したとき、
社内の冷たかった壁がほどけて、本当の繋がりが生まれていく。
僕はそう見てきました。

人は、完璧な相手に心を開くのではありません。

同じように迷い、悩みながら手を動かしている姿に、
人は安心感を覚え、仲間として信じ合えるようになっていくのだと、
僕は現場の空気から感じてきました。

 

肩書という枠組みから自分を救い出す

また、僕自身が企業の人事で採用に関わっていた頃のことも、
頭に浮かんできました。

求人広告を作り、面接で約1,000人の方と向き合ってきました。
その中で、自分に向いている仕事を、
肩書や職種、職業名だけでくくってしまう人が、
とても多いと感じていました。

「自分は営業職だから、こういう振る舞いをしなければいけない」
「事務職だから、余計な自己主張をしてはいけない」と、
与えられた役割の名前に、自分自身を押し込めてしまう。

けれど、実際には職種名が同じであっても、
企業によって実際の業務の中身や求められる空気は全く違います。

そして、「自分に本当に向いていること」というのは、
世の中にある職業名になっていないことのほうが多いものです。

職業名というのは、組織の中で業務を回すための、
言わば「会社の中の役割の名前」にすぎません。

それに対して「向いている」というのは、
その人自身の得意なスキルや、自然と湧き上がるモチベーション、
人としての持ち味そのものです。

例えば、誰かの散らかった思考を整理してあげるのが得意な人が、
たまたま経理という職業名の中にいるかもしれない。

人と人との緊張をほぐすのが抜群にうまい人が、
システム開発のエンジニアという肩書を名乗っているかもしれない。

その持ち味は、職業名という箱の中には収まりきらないものです。

役割の看板を自分そのものだと思い込んでしまうと、
知らず知らずのうちに心が窮屈になってしまいます。

会社での役割は、あくまで日中着ている作業着のようなもの。

その下には、誰にも縛られない、
あなただけの豊かな感性や好きなことが、
ちゃんと息づいていると僕は信じています。

自分を職業名という狭い枠組みから救い出してあげること。

「会社の中の役割」と「自分本来の持ち味」を分けて眺められるようになると、
背負い込んでいた無駄な力みが抜けていくと僕は考えています。

 

壁がほどけた場面にあった3つのこと

もし、職場での役割の顔に縛られて、
人間関係に息苦しさを感じているなら。
僕がこれまで見てきた中で、
壁がほどけていった場面には、
3つの共通点がありました。

全部を急に変える必要はありません。
どれかひとつが、今日のあなたの場面と重なればいい。
僕はそう思っています。

①業務連絡の端に、ひと言が添えてあった

ひとつめは、いつもの定型的な連絡の中に、
書いた人の温度が伝わる1行が入っていたことです。

– 「今日は少し肌寒いですね。温かくしてお過ごしください」
– 「先ほどのミーティング、分かりやすくて助かりました」
– 「この資料の図解、とても見やすくて勉強になりました」

用件だけのメールやチャットに、短い感謝や気遣いを添える。

それだけで、業務用の記号だったやり取りが、
体温を持った人と人との会話へと変わっていくのを感じます。

②未完成のまま、相談が持ち込まれた

ふたつめは、完璧な答えを用意してから話しかける、
という構えが、そこに無かったことです。

– 「まだ形になっていない思いつきなんですが、少し壁打ちしてもいいですか」
– 「ここの手順で少し迷っていて、意見を聞かせてもらえませんか」

自分の未熟さや迷っている状態を、そのまま相手に差し出す。

完璧な盾を横に置いた人のところに、人は知恵を持ち寄る。
僕はそう見てきました。

相手も自分の鎧を脱ぎやすくなり、
お互いの知恵を重ね合わせる協力関係が育まれると僕は考えています。

③机の上に、好きなものの気配があった

みっつめは、デスクの上や雑談の時間に、
その人の素の好みが少しだけ覗いていたことです。

– お気に入りの珈琲タンブラーを机の隅に置いておく
– 休憩時間の雑談で、週末に触れた好きな本や音楽の話を短く共有する
– パソコンの壁紙を、自分が心から落ち着く風景の写真にしておく

「こんな個人的な好みを持ち込んではいけない」としまい込まず、
好きなものの気配をほんの少しだけ漂わせる。

その小さな気配が、同じ波長を持つ仲間を引き寄せたり、
相手が話しかけてくれるためのやさしい取っ手になってくれると、
僕は思っています。

 

役割の鎧を少しだけ脱ぎ捨てる

職場の中で、完璧な役割を演じ続けることだけが、
誠実な働き方というわけではありません。

役割の仮面でガチガチに固められた場所には、
安心できる呼吸も、自由なひらめきも生まれないものです。

「自分に本当に向いていること」は、職業名には書かれていません。

会社の中の役割という作業着を少し手元に降ろして、
「自分も一人の不完全な人間なんだ」と認めてあげる。

素の自分をほんの少しだけ差し出すとき、
目の前の相手もまた、張り詰めていた鎧を脱いで、
やわらかな笑顔を返してくれるかもしれません。

今日、あなたが職場で少しだけ見せたい、
自分自身の「素の顔」はどんな表情でしょうか。

∞∞∞∞∞∞∞∞ ∞∞∞∞∞∞∞∞

すぐに浮かんだ人も、
浮かんだのに言葉にならない人も、
何も出てこなかった人もいると思います。

どれも、役割の外から自分を見たということです。
そこは、もう作業着の外です。

作業着の外にいる自分を別の視点から見てみたら、
「素の顔」「自分に本当に向いていること」に名前がつくかも。

作業着の外にいる自分を別の視点で見てみるなら
→ 自分へ10の質問〔自分から見た自分編〕

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